未熟であること

数えきれないほど発信するたび
認めたくないほど未熟さを痛感

言葉は僕自身を見事なまでに
過不足なく表している気がする

カッコよく見せようとするほど
かっこわるくなるし

むき出しの自分をそのままぶつけると
世間と自分との距離に戸惑うこともある

それを純粋に面白いと思う自分もいれば

めんどうに感じて少し気が滅入る自分もいる

その振り幅が時間や経験と共に
小さくなっている気もするし

もっと大きくなった方が
感性が磨かれる気もする

不思議に思うし面白いとも思う

詩人も文学者も
歌手も作家さんも

言葉を通して自分自身の人生と
とことん対峙しているんだとふと思ったら

止まらなくなり身を任せて書いている

まれにこういうことが起こる

Facebook、インスタ、Twitterにブログ

他にも授業や講演会

何気ない日常会話ですら立派な発信

自分なりに言葉を発信し続けてきて
ようやく自分の言葉の未熟さに
ほんの少し気づけた気がする

いらないように思えることも
何かに到達するためには必要

続けることの大切さを
1つの角度から気づけた気がします

言葉と向き合うことは
相手の心と向き合うことでもあり

言葉と向き合うことは
自分の人生と向き合うことでもある

究極、自分自身の人間性を
磨き抜くしかないというのが

今日の僕の結論

なんのためか

人の心に勇気や希望を与えられるようになるために

もっともっと言葉を磨きたい

きっと自分の人生の価値を

自分の命の価値をとことん満足いくまで

高めたいんだと思う

いい欲望なんじゃないかなぁと。

やればやるほど

書けば書くほど

未熟さが大きくなる

でも

未熟であるからこそ

きっとそこに伸びしろがある🌸

 

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