働き方改革は必要!?〜ブラックと言われる教員の働き方に疑問を持つ5つの理由〜

働き方改革は必要!?〜ブラックと言われる教員の働き方に疑問を持つ5つの理由〜

 

子どもの頃からの夢であり、目標であった

高校教師。採用試験に何度も落ちましたが、諦めず8回目でようやく合格(1年に2ヵ所受験)。

 

学校現場で働き続ける中で、疑問を持つようになりました。

最初は、仕事が終わらないのは、ずっと自分の力不足、努力不足と思って過ごしてきた。

間違いなくそれはあった。どれだけ工夫し、努力を重ね手応えをつかんでも一向に仕事が減る気配がない。

 

仕事ができないとバカにされると思い言えずにいたし、なんとかしようとしてきました。

 

ところが、ベテランの職場の先輩の先生を見ていても、どれだけ効率的にやっていても仕事に疲れきっている姿をたくさん見る。原因は自分だけではないように思えてきた。

 

教師はブラック企業。

 

そういう世の中の声も聞こえてきたのも、疑問を持つことを後押ししたかもしれない。

 

 

現在世界22ヵ国をまわり、初めて日本の教育を外から見つめ直すことができています。

 

世界中の人との出会い、見て、感じて、話をする中で自分なりの意見をまとめてみました。

 

①勤務時間が長すぎる

これはどうやら本当でした(笑)。

出会った外国の方に、仕事の勤務時間について話をすることがよくあった。

1日8時間以下。

これが圧倒的に多い。

ヨーロッパ、アメリカ、南米、ロシアあたりもそうだった。

日本を手本にしているように思うアジアの中で、香港の先生以外はこれに該当していた。

 

これはどうやら世界的な基準のようです。これを越えれば罰せられる国もありました。

ちなみに僕の一般的な勤務時間は、朝6時半に登校。8時半に帰るのが多かった。

 

つまり1日14時間勤務。

ドイツの宿で初めてこの話をしたときの海外の人達のリアクションが忘れられない。
ロシア、ドイツ、スペイン、チリの4人。

 

僕がみんなの勤務時間を聞いたらやはり8時間以下しかなかった。

僕の勤務時間を聞いてきたので、14時間だよと答えると

「 … 」

みんなホントに見事に止まってました。

「ホントにか?」

と確認してきた

口を開けて動かないチリ人。

オーマイガーと頭を抱えているスペイン人(笑)。

☆下の写真はその時のメンバー。

もちろん定期考査試験や成績処理、学校行事の準備などがあればそれ以上の日も当たり前にある。

 

僕の場合、朝はかなり早い方だけど、僕より帰るのが遅い先生は毎日たくさんいる。

慢性的に当たり前の雰囲気が溢れているのがとても危険に思えて仕方がない。

精神的に追い込まれ、お休みしている先生もいる。

 

 

②休みがない

平日の勤務に加えて土日の部活動。

種目の特性もあり、ほぼ丸一日。

それが一年中。

正直、外国の人達がここまで驚くと思ってなかったので

話を続けてみた

「土日両方とも働いてるよ」

と言うと

「そうか。仕事を2つしてるんだね!」

「それで、2つ収入があるということか」

と、勝手に納得していたので

 

「違うよ。仕事は1つだよ」

「教員は部活の指導もするんだよ」

と言うと

「でも、倍の給料とかもらえるんだろ?」

と言うので

「少しだけの手当てもらえるだけ。
それが日本の教員は当たり前だよ」

と言うと

 

口を開けたままみんな止まってしまい

中には頭を抱えて首を横にふるチリ人(笑)

それぞれ口にしていたのは

 

「クレイジー(狂ってる)」

「スレイブ(奴隷)」

この2つの感想は印象的だった。

他にもサウジアラビア、フランス、スウェーデン、フィンランド、モロッコ、スペイン、ドイツ、ウクライナ、ペルー、アルゼンチン、カナダ、オーストラリアの人達もみんな同じ2つの言葉を口にしていました。

 

ああ、ここまで日本と世界はずれているのかと肌で感じました。

 

文部科学省は、こういう事実を知っていて変えないのか。それとも知らないのか。それとも僕たちと同じようにどうすればいいのかわからないのか。

なんともいえない気持ちになった。

 

海外に出てみて

教育の重要性を今まで以上に感じている。

 

教員を大切にすることは、子どもたちを大切にすること。

 

子どもたちを大切にすることは、日本の未来を大切にすること。

 

そう繋がっていくと、僕はそう思っています。

☆下の写真は、ルーマニアのティミショアラで出会った子供達!未来を担う大切な人材!!

 

③プライベートがない

仕事で身心ともに疲れきっているから、休みはもっぱら休むことが中心になってしまう。ならざるを得ないことが多かった。

毎日仕事が終わらず、仕事を持ち帰ることもある。

 

保護者対応の時は、夜の10時過ぎてから電話がきたり、土日や休日でも対応しなければならない。何度も経験してきました。本当にその時の疲労感は半端ではありません。

 

ヨーロッパの国々では、仕事とプライベートはきっちり分かれている。

 

教員も勤務時間が終わればスパッと帰るし、そこから学校関係の仕事もしないし、生徒や保護者からの連絡などもちろん受けないし、連絡をしてこないと聞きました。

 

オーストリアの宿で会った中年のドイツ人。日曜日に電話が入りとにかく怒っていた。休みに電話かけてくるなんてどういうつもりだという感じで、電話を切ったあとずっと怒っていました。

 

確かにそうかもなと思い、ずいぶん自分の感覚が偏っていることを認識しました。

☆写真はオーストリアのザルツブルグの景色。

 

④仕事は増える一方(削減しない)

僕の学校で言えば、細かい仕事がとにかく次から次へと増えていく。

 

例えば、他の都道府県でも台風の暴風でケガや何か被害が出ると、具体的な対策マニュアルを作成し教育委員会等に提出を求められる。

サッカーゴールはどこに置くか。防球ネットはどうするか。危険性があるすべてのものに対し、具体的な対策をとるよう教科や分掌毎に話し合い書類を作成する。

 

1つや2つならたいしたことないだろうと自分も思う。それと近い感覚で管理職や教育委員会上層部は次から次へと何かある度に、後手後手で対応を求めてくる。

 

大雨の被害、熱中症、勤務時間調査。あげればきりがない。

 

電通の社員の方が自殺をしてから、勤務時間調子が始まった。毎日何時から何時まで勤務したか記入する。教員の健康を本気で守ろうとしてくれているなら、やはり伝わってくるものがあるが、正直、何のためにやっているのかわからない。

 

 

なぜなら、実際の勤務時間を操作したり、適当に書いていることは少なくない。

過労死レベルの同僚を何人か知っているが、正直に書くと教育委員会から指導が入る。面談をしたり、それについてまた説明する書類を作ったり、管理職もその先生にも指導が入りさらに負担が増える。教員の健康を守ろうとしてるとは思いたくても思えない。

 

だから、書きかえたり、事実とは違うものを報告してる人は少なくない。

これになんの意味があるのかと思う。時間と労力をかける必要があるのだろうか。

ただでさえ、授業の準備、小テストの作成、印刷、宿題点検などはほぼ毎日のように準備が必要。

 

それ以外に、空き時間に質問や悩みの相談に来る生徒への対応もする。

 

家庭問題やいじめ、人間関係のトラブルや保護者からの相談がきたり、様々なイレギュラーな問題もある。

 

さらに、定期試験や実力テストの問題作成、テストの採点、点数の入力、成績処理や通知表の作成。担当する生徒の数は100人は普通に越える。これだけでも相当な労力がいります。

それが嫌ならそんな人は教員をやめればいい。

そう思う人もきっといると思います。これは個人的な意見ですが、どれだけ努力しても、頭を使い工夫しても限界があります。

 

人間のできることは限界があります。どうしてもできないことはできないのです。

 

少なくとも自分の周りの同僚を見ていても、全国にいる知り合いの教員もそういう話をたくさん聞きます。

 

現場の意見で動くことは、ほぼ考えられません。集団で抗議することもできません。

教員のストライキ権を奪ったのは、幸か不幸かわかりませんが、これを考えた人は、本当にに鋭い先手をうったと思っています。個人的には、ストライキまでしなくても、少なくとももっと現場の先生の声に耳を傾け、大切にし、心身の健康を守れるよう真剣になってもらいたい。

 

同じように、教員も諦めず、無理することなく、苦しい時にはちゃんと意見を言うこと。

 

だれかのせいだけにせず、お互いを思いやり、歩みより、継続可能なよりよい環境作りが必要ではないだろうか。

 

学校現場では、常に上から新しい仕事が次から次と増え、教員は疲弊しきっています。

一番大切な

生徒と向き合う時間

これが作ることができない苦しみは、真面目で誠実な先生ほど感じているはずです。

 

 

⑤捨てることができない

いらない仕事を捨てることができないということです。

これは大きく2つの原因があると思います。

 

1つ目は、文部科学省、教育委員会、学校の管理職の方が減らすことを実施していない。

ただ、それだけです。

理由はわかりませんが、なぜ減らさないのかわかりません。何を減らすべきか見えてないと思います。

現場の先生と意見交流が日常的にあれば、何を減らすべきか必ず見えるはずです。

 

2つ目は、教員の思いが、そういう上に立つ人に届かないからです。

昨年初めて、教科主任として学校運営に関わる主要な複数の会議に年間通して参加しました。

びっくりしたのは、本当に思っていることをほとんどの人が言わないこと。

言っても無駄。

変わらない。

会議が長引くだけ。

こんな印象でした。

 

僕は、あまり空気が読めないので、正直に自分の思いを伝えました。

その時の反応が上に挙げたものでした。ものすごく大きな違和感を感じました。

現場でやり過ぎなまでに苦しんでいる先生の苦労を全く知らないんだと思い、この問題の根は、相当深いと実感しました。

良くしようとする気持ちもなくなるほど、疲弊し、あきらめの空気が蔓延していることを知りました。

 

自分の素直な気持ち

以上5つの理由から、日本の教員の働き方に疑問を持ちます。

とてつもない力を教育は持っていると僕は信じています。

では、一番いい教育とは何だろうか。

最近特に、よく考えるようになったこと。

 

僕が考えるのは、

教員が自分らしく、生き生きと、楽しそうに働いていること。

その姿を子どもたちに見せてあげることが、一番いい教育じゃないかと思っています。

もちろん授業など、一番の柱になるところはきちんと教える。

 

生徒が自立し

幸せな人生を自分で切り開いていけるよう

わかるようにすること。

できるようにすること。

自分で考えて知識を知恵として

使えるようにさせてあげる。

 

 

毎回できるわけではありませんが

そこに向けベストを尽くすことはできます。

授業以外にも学校行事、何気ない休み時間でも生徒と過ごす時間は、教員の仕事です。

それを楽しそうに喜んでやっていることで、生徒も安心して、大人になるのが楽しみになる。

未来に希望を持てるようになる1つ大きなきっかけになると思います。

 

また、プライベートの楽しいこと、失敗したこと、嬉しかったこと、悩んだこと。

そうしたことを咀嚼し、生徒の役に立つ話として面白おかしく、とくには真剣に、授業のちょっとした時に話す。生徒たちは目を輝かせて聞いてくれます。

それを覚えていて、元気になったり、励まされたり、変わるきっかけになったと言ってくれる生徒もいます。

 

そして、こちらまで、元気をもらい、勇気をもらいます。

 

お互いが楽しく過ごせるようになることがもっともっと教育現場を明るく元気に楽しくすると思います。

楽しいことが一番生産性を高めるはずです。

もちろん、努力や苦労も必要だし、自分の考えがすべて正しいとは思わないけど、今の働き方では、苦しみの割合が圧倒的に多くなっていると思います。

今の自分はバランスをとるためにももっと教員の働き方を真剣に考え、実行に移すべきだと思います。

なぜなら、教員を守ることは、子どもたちを守ることであり、日本の未来を大切にすることだと信じているからです。

 

 

※明日からアフリカのタンザニアに向かいます。スポーツ指導、教育のサポートをさせてもらう予定。

 

Wi-Fiがない可能性があり、1ヶ月程更新できないかもしれません。よろしくお願いします。

 

 

フランスのシャルル・ド・ゴール空港そばの宿にて(この旅の中では随分贅沢なホテルでした)。

 

 

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