【令和2年 12/12】コロナの中、最後の公式戦が中止で引退になった大学生たちのメッセージを読んで思うこと

母校のOB会誌が届いた。

毎年、隅々まで熟読することはないが、今年は出だしの『コロナ禍の生活』というタイトルから、直感的に引き寄せられる感覚に身を任せて一気に読んだ。

コロナと共に、人間の生き方そのものがますます問われる時代になっている。これは現実から目を背けることのできないものであり、一人一人がそれぞれの形で受け止めて、自分自身で人生の意味を作っていくチャンスをいただいたのだと感じました。

今年の大学4年生は、いろんな思いをもって、語りつくせない紆余曲折の一人一人の大学野球人生を、最後の公式戦を迎えることすらできずに終わりを迎えた。葛藤しながら生きている。大学生たちの温度が伝わってくる言葉から、親として教育者として、そして一人の人間として感じるものがありました。

 

内容は大学野球のことですが、つまりは、「自分の人生とどう向き合うか」、ここに行きつく気がしました。

 

読んだ記事の中で、ある一人の学生の記事をご紹介させていただきます。(以下)

 

大学で野球を続ける意味とは?

皆さんは、なぜ貴重な大学4年間を、野球部に費やしてきたのでしょうか?1部の舞台で活躍するため、上手くなるため、野球部の友達と遊ぶため、また、他にやることがなかったからでしょうか?かつて私も高校生の時に、途中でやめていった同期たちに、勝ちもしないし、人数も少ない、練習もろくにできない、おまけに将来に何の役にも立たないと言われたことがあり、今でも記憶に残っています。私は、この大学4年間で一つの答えを出しました。それは、ただ野球が楽しいからです。野球を楽しむということは、たとえ守備位置が変わっても、試合に出られなくても、コロナで試合ができなくなっても、同期が一人もいなくなっても変わることはありません。もちろん、1部で勝つことも大事ですが、それは楽しむことの副産物でしかありません。皆さんにはぜひ、純粋に野球を楽しんでほしいというのが願いです。最後に、今後皆さんがどんな道を歩もうが、私はOBとして全力で応援していきます。

*令和2年度版 東京学芸大学硬式野球部OB会報より抜粋

 

 

 

 

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